「“学ぶ”とは、どういうことかをじっくり考えることができた。(学ぶ=知る=覚える=分かる=できる)くらい受け止め方しかしていなかった気がする。“学ぶ”ことの本当の目的は、“使う”であることがはっきりした。確かに、知識をいくら詰め込んでも、それが整理されていなければ使えないし、言葉と実際(実物)が一致しなければ、やはりそれは使うことができない。言葉の概念についてもあまりにも知っているつもりの誤解語が多く、多くの言葉を発する事にすら自信がなくなる場面もあった。しかし、職業から言っても人と人との関わりから考えても、自分にとってまず言葉の意味を正しく理解し、使っていくことの責任を重く感じ始めている。ニュアンスとかファジーとかいう流行語や現在の感覚に甘えていてはいけないと思う。また、勉強の障害をその現象からきちんと見分け識別していくことの難しさと必要性を日々の授業からも痛感している。自分自身、今日は調子よく学べなかった。その原因は、誤解語にあった。“そこに居ない”感じ、“気の抜けた感じ”の違いや、“眠くなる”ことと“退屈した感じ”の違い、共通点(類似点)はあるとしても心のありようとしては違うことをしっかり見極めることができるように、日々努力していこうと思う。それが私にとって、この第一ステップである「学び方がわかる本」を学び、生かす(使う)ことだと分かったからである。」
(小学校教員)
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